古代ギリシアの戦争

古代ギリシアの戦争

古代ギリシアの戦争・軍事

古代ギリシアの戦争記事一覧

古代ギリシア史というのは、ポリス間の覇権争いの歴史でもあります。アテナイ、スパルタ、テーバイ、マケドニア王国…。前5世紀末以降はギリシア内戦時代に突入し、ギリシア世界の覇権は次から次へと他へ移っていきました。そして最終的には、長年の内輪揉めで疲弊していたところを、外界のローマにギリシア世界まるごと征服される形でその歴史を終えます。古代ギリシアで起こった主な戦争を知るだけでも、ギリシア史の大まかな流...

ペルシア戦争は古代ギリシアの転換点となった戦争です。ペルシア帝国に対して、隷属か自立かを分かつ決死の戦争になりました。戦後のギリシアの政治体制にまで影響し、18年後のギリシア全土を巻き込んだペロポネソス戦争にも大きく関係する出来事です。ギリシア史を学ぶ上で重要なポイントですので要点を押さえておきましょう。古代オリエント世界を統一し絶頂期にあったペルシア帝国に、小さなポリスの集合体に過ぎないギリシア...

アルテミシオンの海戦は、紀元前480年にエウボイア島北端部のアルテミシオン沖で起こったペルシア戦争の戦いです。アテナイを中心とするギリシア海軍とアケメネス朝ペルシアの遠征軍の艦隊が衝突しました。両軍の兵力差は、ギリシア艦は333隻、ペルシア艦は2600隻と2000隻以上の開きがありましたが、ギリシア側は巧みな戦術で戦いを伯仲戦に持ち込みました。しかしギリシア側の消耗も激しく、テルモピュレでスパルタ...

サラミスの海戦は、紀元前480年の、アテナイを中心としたギリシア艦隊と、ギリシア征服を目論むペルシア艦隊がサラミス島近海で衝突した海戦です。ペルシア戦争最大の決戦であり、この決戦にギリシアが勝利したことで、ペルシアからのギリシア防衛が決定的なものとなりました。開戦までの流れこの戦いの直前に起こったテルモピュライの戦いでは、ギリシア最強のスパルタ軍が、ペルシア軍より全滅させられ、第1次防衛線が崩壊し...

ペロポネソス戦争は、紀元前431年〜紀元前404年に、アテナイを中心とするデロス同盟とスパルタを中心とするペロポネソス同盟との間に発生した、古代ギリシア全域を巻き込んだ戦争です。ペロポネソス戦争の原因ペルシア戦争において、アルテミシオンの海戦やサラミスの海戦で多大な戦果を挙げたアテナイは、ペルシアの再度来襲に備えて結成されたデロス同盟の盟主となり、ギリシア世界の覇権を握りました。しかしアテナイはデ...

カイロネイアの戦いは、紀元前338年に起こった、ギリシア北方で影響力を強めるアルゲアス朝マケドニアと、その伸張を脅威とみたアテナイ・テーバイ連合軍との間で起こった戦いです。最終的にはマケドニアが勝利した結果、ほとんどのギリシアポリスはその支配下に屈することとなります。マケドニアの強い影響下で、ギリシア諸ポリスが伝統的な政治体制を保つのは難しくなり、ギリシアの歴史の1つの終焉となりました。マケドニア...

ディアドコイ戦争(前323〜前280頃)とは、マケドニア王アレクサンドロス3世亡き後、その配下の将軍たちが、王の後継者(ギリシア語でディアドコイ)の座、つまりアレクサンドロス3世の治世で築かれた広大な帝国領を争って繰り広げた戦争です。アレクサンドロス3世が死去した紀元前323年から、紀元前281年のコルペディオンの戦い決着まで、40年と約半世紀にわたって続いた長期の戦争です。主な後継者候補一覧プト...

イプロスの戦い(紀元前301年)は、アレクサンドロス3世 (大王) の後継者を巡るディアドコイ戦争の戦いの1つです。小アジアを中心に最も勢いのあった有力者の連合が、現在のトルコ中西部にあたるイプソスで衝突した戦いです。戦争の背景マケドニア帝国各地の有力者が、その後継者として立ち上がりました。(ディアドコイ戦争をわかりやすく解説も参照)イプソスの戦いが起こったのは半世紀近くに及ぶディアドコイ戦争の終...

マケドニア戦争とは、ギリシア世界の盟主マケドニア王国と、イタリア半島を拠点に地中海世界で勢力を拡大していた共和政ローマとの間で行なわれた戦争です。ギリシア世界の命運を左右する戦いともいえ、前215年から前148年まで四次に渡って争われましたが、最終的に勢いがあったローマが勝利し、マケドニア王国は滅ぼされてしまいます。ギリシア全土はローマ属州となり、アテナイやスパルタといったギリシア世界に郡立してい...

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