アテナイの市民権法とは

アテナイの市民権法とは〜市民権を混血に与えなくした理由〜

アテナイの市民権法とは
〜市民権を混血に与えなくした理由〜

市民権法は前451年に古代アテナイで定められた法律です。両親がアテナイ人の男子に限定し市民権を与えるという内容です。ペリクレスにより提案され可決されたので「ペリクレスの市民権法」とも呼ばれます。

 

 

市民権法の成立で変わったこと

市民権というのはようするに政治に参加する権利のことで、アテナイでは18歳以上の男子皆に与えられたものでした。アテナイで生まれた男子であっても、両親のどちらかがメトイコイ(在留外人)だった場合には、その子は市民にはなれないということにしたのがこの法律です。

 

それまでは父親がアテナイ人なら、母親が外人でもその子には市民権が与えられていました。しかしあえて市民権の門戸を狭くした背景には、混血を排除する純血主義的な価値観が根底にあったようですね。古代ローマでは混血どころか、他民族にも市民権を与えていたので、よく対比されます。

 

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