古代ギリシアの貿易の歴史〜前30世紀からエジプトと交流〜

古代ギリシアの貿易の歴史〜前30世紀からエジプトと交流〜

古代ギリシアの貿易の歴史
〜前30世紀からエジプトと交流〜

古代ギリシアの貿易史をまとめています。

 

クレタ島の貿易

ミノア文明(紀元前20世紀〜前15世紀頃)が栄えたクレタ島の人々は、船で海を渡り、エジプトや地中海東岸の都市と貿易することで生計をたてていました。それぞれの地域でクレタ島の特産品が出土しています。
クレタ島の壁画や壺絵には海洋生物が書かれていることが多く、クレタ人の生活と海の結びつきの強さがうかがいしれます。

 

ポリスの貿易

前8世紀以降はポリス(都市国家)中心の社会です。ポリスは穀倉地帯のマグナ・グラエキアやエジプトから穀物を輸入していました。
ギリシア本土は雨の少ない痩せた土地なので、穀物など主要な食物の大半は海外依存だったのです。穀物輸入の際の重要な交易品となったのが、地元で作られるオリーブやワイン、陶器などです。

 

 

アテナイの貿易

海沿いに立地するポリス・アテナイは、その地理的条件を活かして海上貿易で大きな発展を遂げました。高品質な船で小麦・鉄・木材・銅など様々な資源を海外から輸入し、ギリシア世界1,2を争う経済都市に発展しました。
地元ラウレイオン銀山から大量の銀貨を発行し、それを元手に木材を大量に輸入。海上貿易に不可欠なガレー船の量産を可能にしていたのが大きいでしょう。

 

貿易の中心地エンポリウムとは

ちなみにギリシアにおいて交易基地として機能した場所はエンポリウム(Emporium)と呼ばれます。「旅」「移動」を意味する「emporion」という語に由来しており、その名の通り、海外から移動してきた貿易商(エンポロス)が、ポリスに入らずとも商取引できる場として設けられました。またエンポロスが取引の間居住する場にもなっていました。

 

 

アテナイのエンポリウム

アテナイのエンポリウムは外交都市「ペイライエウス」として大きな発展を遂げました。現在は「ピレウス」と呼ばれる港湾都市であり、ギリシア最大、ヨーロッパでも第2位の利用者数を誇るピレウス港を抱えています。

 

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