パルテノン神殿の特徴や社会的役割〜色の復元と黄金比説〜

パルテノン神殿の特徴や社会的役割〜色の復元と黄金比説〜

パルテノン神殿の特徴や社会的役割
〜色の復元と黄金比説〜

パルテノン神殿の特徴や社会的役割〜色の復元と黄金比説〜

アテネの丘にそびえるパルテノン神殿/pixabayより

 

パルテノン神殿は、古代ギリシアのシンボルともいえる建築物です。ギリシア神話に登場するアテナイの守護神アテナを祀る神殿として有名で、ドーリア式建築の最高傑作とも目されています。
古代ギリシア人、とりわけ民主政を体現したアテナイ人の精神性・宗教観・芸術性が凝縮した存在といえ、その歴史的・芸術的価値から世界文化遺産にも登録されています。古代ギリシアの歴史を語る上で無視できない場所なのです。

 

この記事の内容

 

 

建設開始から完成まで

ペルシア戦争(前492〜前449年)後の前447年、国家予算を投入し、ギリシア中から優秀な建築家や工芸家を集め建設が開始され、前438年に完成。装飾彫刻は前431年まで行なわれました。建材にはアテナイ郊外にあるペンテリコン山から切り出された白大理石が用いられました。

 

建設された場所とその意味

パルテノン神殿が建設されたのは、アテナイの中心地・海抜約156mの丘(アクロポリス)の上です。「アクロポリス」とは「高いところ」を意味する言葉で、国の象徴的建造物として、権威を高める目的に高い場所が選ばれたのです。

 

神殿が果たした役割

パルテノン神殿はアテナイの守護神アテナが祀られている宗教的建造物です。主目的はもちろん宗教的な祭事を執り行うこと。ローマ帝国支配下でもビザンチン教会として、オスマン・トルコ支配下でもイスラム礼拝所に転用されていました。

 

◆宗教目的以外にも
また宝物庫として利用されたり、有事の際には人々の避難所になったり、前5世紀のギリシア美術全盛の時代には、多くの芸術家達の傑作がこの場所に置かれ、美術館のような役割も担ったこともありました。

 

 

実はカラフルだった装飾彫刻

パルテノン神殿にはギリシア美術の傑作と名高い豪華な装飾彫刻が多数施されており、国の象徴にふさわしいイメージを与えていました。このの彫刻作業の総監督をしていたは彫刻家ペイディアス(前490頃〜前430年頃)です。

 

 

また今遺跡として確認できる神殿は全体的に地味な印象が強いと思いますが、建設当初は彫刻全てに彩色がほどこされ、金箔なんかも貼られ、実際はかなりゴージャスな外観だったようです。

 

プロジェクションマッピングで彩色された装飾彫刻を再現した様子

 

建築様式と「黄金比」説について

パルテノン神殿は、古代ギリシア建築前期のドーリア式の神殿です。列柱が短く、装飾も比較的少ないことから、おごそかで重々しい印象を与えます。
また建築様式とは別に、パルテノン神殿は黄金比に基づいて建設されたともいわれています。黄金比が意識して使われ始めたのは19世紀になってからなので、これが事実ならすごいことです。しかし最近の研究ではこの説は後付けで、実際の比率は正確な黄金比にはなっていないそうです。

 

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