ペルシア人とは〜イラン人の祖先〜

ペルシア人とは〜イラン人の祖先〜

ペルシア人とは
〜イラン人の祖先〜

古代社会におけるペルシア人とは、現在のイランを中心に成立していたペルシア帝国に居住していたペルシア語を話す民族です。現代ではイラン人の直接の祖先とされています。

 

 

ペルシア帝国とギリシア史

ペルシア帝国は紀元前550年から紀元前330年にかけ破竹の勢いで領土を拡大し、現在の中東や中央アジア、エジプトにあたる領域を支配下に置き、古代オリエント世界を統一した大帝国です。

 

ペルシア帝国には成立から滅亡までに、

  • アケメネス朝(前550年 - 前330年)
  • アルサケス朝(前247年-後224年)
  • ササーン朝(後226年 - 後651年)

という3つの王朝が成立しましたが、このうちギリシアの歴史に最も影響を与えたのはアケメネス朝です。

 

対ペルシア同盟の結成

前5世紀に入り、東方のオリエント世界を統一したアケメネス朝ペルシア帝国が、西方のヨーロッパ征服の最初のステップとしてギリシア本土征服に乗り出したためです。
ギリシアにはバラバラな状態でポリスが分散していましたが、ペルシアの脅威増大にともない連合が組まれこれに対抗しました。(詳細はペルシア戦争の記事にて)

 

 

そして最終的にはなんとかペルシア軍の進軍を止めることができたものの、帝国そのものへの打撃は微々たるものだったので、なお継続するペルシアの脅威に備え、デロス同盟が結成されました。そしてこのデロス同盟の存在が、のちに起こるギリシア全域を巻き込んだ戦争、ペロポネソス戦争にもつながってきます。

 

このようにペルシア帝国はギリシアの歴史に計り知れない影響を与えた存在なのです。

 

ギリシア人によるペルシア人の呼称

ギリシア人は自分達のことをヘレネスと自称し、それ以外の異民族のことは「意味不明な言葉を話す者」の意でバルバロイと呼んでいました。当初はこの言葉は後進未開の諸民族を指す言葉でしたが、ペルシア帝国の影響力が強まってくると、ペルシア人を指す言葉としても使われるようになりました。

 

トップへ戻る