カルタゴを創設したフェニキア人とは〜ギリシア文字誕生に深く関係〜

カルタゴを創設したフェニキア人とは〜ギリシア文字誕生に深く関係〜

カルタゴを創設したフェニキア人とは
〜ギリシア文字誕生に深く関係〜

フェニキア人は古代社会において、地中海東岸のフェニキアと呼ばれる地域(現在のレバノンとほぼ同じ地域)に居住していた民族です。「フェニキア人」という呼称は自称していたわけではなく、ギリシア人が東の地から通商目的にやって来た者を指す語として使っていた呼称です。

 

 

ギリシア文字とフェニキア文字

海上交易を軸に前15世紀から前8世紀にかけて繁栄し、ギリシア世界を含めた地中海世界各地にフェニキア文化を伝えました。
ギリシア文字はフェニキア人が使っていたフェニキア文字(アルファベットの元になった)がギリシアに伝わり、それをギリシア人が独自に発展させたものです。
フェニキア人が考案した文字は子音を表すのみでしたが、ギリシア人はそれに母音を加えて現在のアルファベットの形にしたのです。

 

フェニキア人の歴史

前9世紀から前8世紀に西方で勢力を拡大していたアッシリアの圧力を受けるようになり、最終的には支配される流れになりました。
アッシリアが滅亡した後は、新バビロニア、次いでペルシア帝国を宗主国として、引き続き海上交易を主軸に国家運営を行なっていました。

 

その後は地中海世界各地に都市国家や植民市を建設しましたが、ローマを追い詰めた知将ハンニバルの故国として知られるカルタゴは、フェニキア人が創設した貿易都市として知られています。

 

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