アレオパゴス会議〜ギリシアの元老院!やがて権限は民会へ…〜

アレオパゴス会議〜ギリシアの元老院!やがて権限は民会へ…〜

アレオパゴス会議
〜ギリシアの元老院!やがて権限は民会へ…〜

古代ローマの最高統治機関元老院は有名ですね。ローマにおいて、社会の実権を握り軍事や政策の決定を行なった機関です。そしてこの元老院に相当した機関は古代アテナイにも存在しました。アレオパゴス会議と呼ばれる貴族中心の評議会です。

 

 

アレオパゴス会議とは

アレオパゴス会議の議員には、最高職であるアルコン職の経験者が審査を経て選ばれ、一度選ばれたら終身その職に就くことができました。
「アレオパゴス」という呼称は議場がアクロポリス西方の小高い丘アレオパゴスにあったことに由来し、「アレス神の丘」を意味しています。

 

アレオパゴス会議の終焉

当初はローマの元老院と同じく一部の有力者が議席を独占する強権的な機関で、貴族政社会の牙城として民主政の妨げになっていました。しかし前5世紀になると民主派の政治家ペリクレスがアレオパゴス会議の権限が抑え込み、民会に権限を集中させる改革を実行。

 

この改革によりアレオパゴス会議は形骸化し、事実上民会が国の最高決定機関となり、アテナイの民主政が完成する要因の1つとなったのです。貴族政から民主政に以降する中での重要な出来事でした。なおアレオパゴス会議の権限は縮小したものの、機関自体はローマ時代まで残存し続けました。

 

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