古代ギリシアの僭主政の特徴〜事実上の王政の復活〜

古代ギリシアの僭主政の特徴〜事実上の王政の復活〜

古代ギリシアの僭主政の特徴
〜事実上の王政の復活〜

古代ギリシア(とりわけアテナイ)において、貴族政から民主政移行への過渡期(前7世紀〜前6世紀)に出現した僭主政という政治形態について、出現の背景や特徴を解説しています。

 

 

僭主政誕生の背景

最初期のポリスでは王政がしかれていましたが、王家が力を失うと、貴族(有力者)が主体となって国家運営を行なう貴族政が始まりました。一部の貴族がポリスの富を独占し、社会を牛耳っていたのです。

 

貴族と平民の対立

しかし重装歩兵 (ホプリタイ ) の台頭や商工業の発展で平民もそれなりに富や発言力を持つようになり、貴族の権威は相対的に低下していきます。貴族も既得権益を守る為、そう簡単に平民に妥協することはなく、両者の対立は深まっていきました。

 

僭主政への移行

そんな社会のどさくさにまぎれ誕生したのが僭主政です。貴族に対する平民の不満をを利用した貴族による「独裁制」で、事実上王政への回帰といえます。有名な僭主にはアテネのペイシストラトスやサモスのポリクラテスなどがいます。
これら「僭主となった貴族」は、貴族に対する締め付けを強くして、平民の支持を得ました。貴族による合議を無視し、貴族から財産や土地を没収し平民に与えるなど、独裁的権力を振るったのです。

 

 

僭主政の終焉

例え強引なやり方であろうとも、最初は大多数の平民の不満を吸い上げ政治に反映させるのでで、救世主のごとく支持されるのが僭主というものです。
しかし2世、3世と世襲が続くと、政治の腐敗が目に見えるようになります。平民の不満は再び高まっていき、最初は救済者として支持された僭主も、やがて抑圧的な独裁者として忌避されるようになったのです。よって結局は実質王政と変わらない僭主政も打倒されることになり、ついに貴族も平民も皆が平等に政治に参加する民主政への移行が始まったのです。

 

僭主政のリスク
例えば有名な僭主にアテナイのペイシストラトスがいます。彼は独裁者ではあるものの、富を分配し、平民の生活を安定させたとして、アリストテレスには「ペイシストラトス時代はアテナイの全盛時代」と評されています。しかし彼の跡を継いだ息子は権力を乱用し、圧政を敷く独裁者になってしまいました。

 

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