テスピアイの歴史や場所〜テルモピュライの戦いで玉砕!〜

テスピアイの歴史や場所〜テルモピュライの戦いで玉砕!〜

テスピアイの歴史や場所
〜テルモピュライの戦いで玉砕!〜

テスピアイはボイアチア地方に存在したギリシア有力ポリスの1つです。ギリシア人の主要民族の1つであるアイオリス人が創設したポリスで、都市守護神としてエロスが祀られていました。

 

 

ギリシアに尽くしたテスピアイ

ボイアチア地方の有力都市といえば、他にテーバイ、プラタイアなどがあり、ペルシア戦争の際には、これらのポリスはペルシアに降伏し、ペルシア側の味方をしました。
しかしテスピアイだけは最後まで対抗の姿勢を崩さず、テルモピュライの戦い※とプラタイアイの戦いでスパルタやアテナイと共に戦い、ギリシア連合勝利に大きく貢献したのです。
このような国としての姿勢の違いから、同じボイアチア地方の都市であっても、テーバイとテスピアイはずっと犬猿の仲にあったのは特筆すべきことでしょう。

 

※テスピアイがスパルタと共に玉砕するまでペルシアに対抗したテルモピュライの戦いは映画や小説の題材にもなっています。

 

ペロポネソス戦争やコリントス戦争でのテスピアイ

テスピアイは前431年に勃発したペロポネソス戦争ではスパルタ側につき、前424年にアテナイがボイアチアに侵攻した際に大きな損害を被りました。その後アテナイの側に寝返ったことで、テーバイに城壁を破壊される報復にあいました。
また紀元前395年から紀元前387年にかけてのコリントス戦争では再びスパルタ側につき、テーバイ攻撃の基点として機能しました。テスピアイの辿った足跡を見ていると、生涯スパルタに尽くした人生だったといえます。

 

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