マグナ・グラエキアとは〜ギリシア人による植民市群〜

マグナ・グラエキアとは〜ギリシア人による植民市群〜

マグナ・グラエキアとは
〜ギリシア人による植民市群〜

マグナ・グラエキアとは、南イタリアやシチリア島一帯に存在した、古代ギリシア人により創設された植民市群の総称です。ギリシア語で大ヘラス(Megale Hellas)、つまり「大ギリシアの」という意味を持ちます。これはギリシア本土を小ヘラスと呼んだことに呼応したものです。

 

 

マグナ・グラエキア成立の経緯

前8世紀から前7世紀にかけて、ギリシアで人口が急激に増え始めました。しかしギリシアというのはもともと痩せた土地です。供給が足りず人々は食糧不足にあえぐようになり、新天地を求めギリシア領外へ移入をはじめました。そしてイタリア南部の地域に資源が豊富な肥沃な土地を見つけ、そこにマグナ・グラエキアを成立させたのです。
マグナ・グラエキアは大いに繁栄し拡大していきました。最古に創設されたキュメ、最後に創設されたヘラクレイアの他、スパルタの植民市として創設されたタレントゥムなどが有名です。

 

ローマ文化に影響

前3世紀に入るとイタリア半島統一を進める共和政ローマの圧力を強く受けるようになり、マグナ・グラエキアは情勢不安定になっていきます。ギリシア植民市は次々とローマに服属する流れになっていき、前271年には最後に残ったタレントゥムもローマの支配下に置かれマグナ・グラエキアは消滅しました。以降、ローマ人がギリシア文化に直接触れるようになり、ローマ文化はその影響を強く受けるようになりました。

 

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