ピリッポイ

ギリシアのピリッポイとは〜ピリッポス2世により創設〜

ギリシアのピリッポイとは
〜ピリッポス2世により創設〜

ピリッポイは古代ギリシア社会に存在したマケドニア王国領の都市です。現ギリシャ共和国の町フィリッピの古代名ですね。前356年にアレクサンドロス大王の父ピリッポス2世によって創設されました。

 

周辺の金鉱を開発し、この地を軍事防衛の要諦とすることを目的としていました。前167年ローマによりアンティゴノス朝が滅ぼされ(マケドニア戦争)た後は、4つに分割されたマケドニア領土の内の、東マケドニアに編入されました。

 

またローマ時代の前2世紀以降には、ローマとビザンティンを繋ぐエグナティア街道上に位置する連絡地点として機能し、大いに発展しました。またローマ時代の前42年にはこの地でカエサルの暗殺者であるブルータスが、オクタウィアヌスとアントニウスの連合に破られています。(フィリッピの戦い)

 

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