コリントスの歴史や場所〜ギリシアの交通・商業の中心〜

コリントスの歴史や場所〜ギリシアの交通・商業の中心〜

コリントスの歴史や場所
〜ギリシアの交通・商業の中心〜

コリントスは古代ギリシアに存在したアテナイスパルタと並ぶ有力ポリスです。コリント、コリンソスとも。コリントスのアクロポリス「アクロコリントス」には都市の守護神アフロディテが祀られています。

 

 

コリントスの場所

ギリシア南部、コリント運河を臨む港湾都市で、ペロポネソス半島とギリシア本土を繋ぐイストモス地峡に位置しており、交通・商業の要の都市として栄えました。その重要性から「ヘラスの星」とも呼ばれていました。陶器の産地としても有名です。

 

コリントスの歴史

前9世紀ドーリア人によって建設され、その後各地へ植民を進めました。シチリア島のシラクサはコリントスが建設した代表的植民市です。
前5世紀のペルシア戦争の際にはギリシア連合の一員として戦いましたが、ペロポネソス戦争ではスパルタのペロポネソス同盟に加わり、ペルシア戦争時の同盟国アテナイと敵対しました

 

 

コリントス戦争

ペロポネソス戦争で覇権を確立したスパルタに対抗すべく、アテナイテーバイアルゴスなどと反スパルタ同盟を組みました。前395年〜前387年にかけて、コリントス付近にて、スパルタ中心のペロポネソス同盟と、この反スパルタ同盟の間で抗争が勃発しました。(コリントス戦争)最終的にはペルシア帝国が仲介役となり、アンタルキダスの和約をもって戦争が終結しました。

 

コリントス同盟

前4世紀に入りギリシア北方のマケドニア王国が勃興。ギリシア征服に乗り出すマケドニアに対し、アテナイ・テーバイ連合軍が対抗(カイロネイアの戦い)しましたが、内戦続きで疲弊していたこともあり、あっさり敗北します。マケドニアは前337年にスパルタ以外の全ギリシアポリスをコリントスに集め、コリントス同盟を結成しました。
この同盟により事実上ギリシア世界はマケドニアの支配下におかれることになりました。マケドニアに征服されたのちは、マケドニア王国の一員として西方で勢力を拡大するローマに対抗しましたが、前146年コリントスの戦いでローマ軍の激しい攻撃を受け、滅亡してしまいました。

 

 

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