スパルタの文化的特徴と歴史〜最強の国がなぜ滅んだか〜

スパルタの文化的特徴と歴史〜最強の国がなぜ滅んだか〜

スパルタの文化的特徴と歴史
〜最強の国がなぜ滅んだか〜

古代ギリシア世界各地に数多あるポリスの中でも、異質な存在だった軍事国スパルタについて紹介したいと思います。スパルタはギリシアでアテナイに並ぶ有力ポリスでしたが、社会の在り方は全く異なっていたのです。

 

この記事の内容

 

 

スパルタ社会の特徴や身分制度について

スパルタは少数の移住征服民が、大多数の先住民を農業奴隷(ヘイロータイ)として使役することで発展しました。自由民である市民は「完全市民(スパルタチアタイ)」と呼ばれ、参政権を得る代わりに全員が軍務に就きました。
半自由民(ペリオイコイ)は選挙権こそありませんが、一応は人間として扱われ、奴隷のように道具として扱われたり、ヘイロータイのように訓練の一環で殺されるなどの酷い扱いを受けることもありませんでした。

 

またスパルタはかなり厳格な年功序列社会で、老人には特権的な地位が与えられていました。評議会として老人で構成される長老会が存在し、2人の王と60歳以上の市民28名の合計30名からなっていました。国の方針を決めるのは民会ですが、長老会はその決定を否決する権利ももっていたのです。

 

スパルタの身分区分

  • 完全市民(スパルチアタイ):参政権あり
  • 半自由民(ペリオイコイ):参政権なし
  • 奴隷(ヘイロータイ):参政権なし

 

 

スパルタの教育の特徴/スパルタ教育の語源?

スパルタでは幼少期から厳しい軍国主義教育をたたき込まれます。スパルタは圧倒的多数の奴隷により支えられていたので、常に反乱を警戒し、いざという時に少数市民で制圧できるよう日々厳しい訓練を積んでいたのです。「厳格な教育法」を意味する「スパルタ教育」の語源は、このスパルタの教育姿勢に由来するものです。

 

アテナイとの関係や社会の比較

◆政治
スパルタもアテナイ同様に民主政が採用されていました。ただしスパルタの場合、参政権を持てたのは全体のごく一部の完全市民に限られたので、アテナイよりもだいぶ全体主義的な民主政でした。

 

◆軍事
軍事面ではアテナイは海軍が強くて、スパルタは陸軍が強いです。ペロポネソス戦争においてスパルタと戦ったアテナイは、海上戦では優位に立っていたものの、陸上戦で連戦連敗を喫し都市を完全に包囲されてしまいました。完全封鎖されたアテナイ市内には疫病が蔓延し、それにより指導者まで死に、降伏を余儀なくされたのです。

 

◆土地柄
土地が痩せているアテナイは、交易で外界から食料を輸入しなければ生活が成り立ちません。それに対しスパルタは肥沃な土地に恵まれており、自給自足で生計を立てることが可能でした。スパルタが他国との文化的交流を避けた「鎖国政策」をとれたのはこの土地柄のおかげでもあります。

 

スパルタはなぜ滅んだ?

紀元前395年、スパルタはコリントス戦争で海上での覇権をアテナイに奪われ、紀元前371年のレウクトラの戦いでデバイ軍に敗れ衰退していきました。
その後はマケドニアやローマとの覇権を争いましたが、もはやスパルタにこの2大強国に対抗できる力はなく、独立国家としてのスパルタは紀元前3世紀に滅亡しました。

 

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