古代ギリシアはいつ始まりいつ終わる

古代ギリシアはいつ始まりいつ終わる〜ポリスの隆盛と失墜〜

古代ギリシアはいつ始まりいつ終わる
〜ポリスの隆盛と失墜〜

古代ギリシアって、いつからいつまでの時代のことなの?とよく聞かれます。古代ギリシアの歴史を学ぶ上で、大前提となる知識なのでここはしっかり抑えておきましょう。

 

この記事の内容

  1. 古代ギリシアの始まりと終わり
  2. 古代ギリシアはポリス(都市国家)が栄えた時代

 

 

古代ギリシアの始まりと終わりとは?

一般的には、メロポネソス半島を中心としたバルカン半島やエーゲ海の島々において文明が発生し(紀元前30世紀頃)、古代ローマがその地域一帯を支配するまで(紀元前2世紀)を古代ギリシア時代といいます。

 

古代ギリシアの始まり
(紀元前3000−前2500年頃)

古代ギリシアの終わり
(紀元前149-前148年頃)

ギリシア最古の文明とされる青銅器文明「エーゲ文明」が発生。 第四次マケドニア戦争後、ギリシア世界を統一していたマケドニア王国がローマ属州となり、ギリシア世界の政治的・文化的独立が失われる。

 

ただ、どこを始まりとし、終わりとするかという議論には諸説あり、他の考え方を以下で解説します。

 

古代ギリシアはポリス(都市国家)が栄えた時代

古代ギリシアという時代区分を、ポリスの隆盛(前800年頃−)から、(実質の)消滅(前338年頃)までとする見方もあります。これはギリシア建築・ギリシア彫刻・ギリシア哲学、民主政などなど、現在「古代ギリシア」と聞いて思い浮かぶものは、ほぼ全てポリスが繁栄した時代につくられたものだからです。

 

(それ以前に繁栄していた文化は滅んでしまいました。前1200年のカタストロフ〜エーゲ文明を滅亡させた大変動〜を参照のこと。)

 

前8世紀頃、ギリシア世界各地に小規模な政治共同体ポリス(都市国家)(アテナイ、スパルタ、テーバイなど)が成立し、海上貿易の拡大、通貨制度の確立、直接民主制の導入など様々な革新が起こり、文化的・政治的にも大いな発展を遂げたのです。

 

 

ポリスの失墜

このザ・古代ギリシア時代といっても良いポリスの時代が終わりを迎えたのは前2世紀のことでした。
まず前4世紀頃になり、ギリシアポリス間の勢力争いが激化し、(ペロポネソス戦争)ギリシア世界全体が疲弊していきます。

 

一方で北方ではマケドニア王国というギリシア人による単一国家が影響力を強めており、最終的に大半のポリスがこの国の支配下に置かれてしまいます。

 

カイロネイアの戦い(前338年)コリントス同盟も参照)

 

この時点でギリシアポリスが伝統的な自治独立を維持するのが難しくなったので、1つの時代の終焉ともいえますが、マケドニアは宗教も言語もギリシアなので、まだギリシア人支配の地域であることに変わりありません。
しかしその後ローマというマケドニアを凌駕するラテン文明国家が台頭し、マケドニアを属州化してしまいました。このことでギリシア世界はもはやギリシア人のものではなく、ローマ人のものとなり、「古代ギリシア時代」は終わりを迎えたのです。

 

 

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