クレタ(ミノア)文明の特徴〜突如滅亡した理由とは〜

クレタ(ミノア)文明の特徴〜突如滅亡した理由とは〜

クレタ(ミノア)文明の特徴
〜突如滅亡した理由とは〜

紀元前30世紀頃から前12世紀頃までにかけて、エーゲ海周辺で栄えていたいくつかの青銅器文明の総称をエーゲ文明といいます。このうち地中海のクレタ島で栄えた青銅器文明をクレタ文明(ミノア文明)といいます。
クレタ文明は、地中海をへて伝わってきた中東オリエント文明を独自に発展させることで成立しました。前20世紀から前15世紀頃にかけエーゲ海全域で圧倒的存在感を放ちましたが、15世紀半ばに突如崩壊してしまいます。

 

今回はそんなクレタ文明について以下の項目ごとに詳しく解説していきます。

 

この記事の内容

 

 

クレタ島の場所

クレタ島はギリシア本土南方160kmほどの海域に浮かんでいます。エーゲ海の最南端に位置し、島自体が地中海とエーゲ海の境界になっています。

 

 

クレタ文明の発見者

クレタ文明の証拠を発見したのはイギリスの考古学者であるアーサー=エヴァンズさんです。ミケーネ文明の証拠を発見したシュリーマンに感化され、クノッソス遺跡の発掘を行いクレタ文明の存在を証明しました。

 

クレタ文明の特徴(ミケーネ文明との比較)

ミケーネ文明は、ギリシア本土のヘラディック文明とクレタ島のクレタ文明の影響を強く受けて成立した文明です。クレタ文明が滅んだあと、エーゲ地域の中心的文明になりました。成因ゆえにミノア文明との共通点も多いですが、社会背景の違いに起因する違いもいくつか見受けられます。

 

クレタ(ミノア)文明 ミケーネ文明
繁栄年代 前20世紀〜前15世紀 前16世紀〜前12世紀
繁栄地 クレタ島 ペロポネソス半島
文字 線文字A 線文字B
墓制 地上に埋葬 地下に埋葬
宮殿・建物

非対称的

外部からの進入が容易な開放的な造り

対称的

堅牢な城壁に囲まれた閉鎖的な造り

陶器類の絵柄 魚タコ貝などの海洋生物が中心 兵士、武具などが中心

 

クレタ文明で使われた線文字Aとは

クレタ島では線文字Aが使われていました。ギリシア世界最古の文字で、ミケーネ文明の線文字Bの古形と考えられていますが、1950年代に解読された線文字Bと違い、こちらはいまだ解読されていません。

 

クレタ文明の滅亡の原因

前16世紀に全盛期に達したクレタ文明ですが、わずか1世紀ほどたった前15世紀半ばに突然滅亡しています。ギリシア本土より南下してきたギリシア人に滅ぼされた、火山の大爆発に巻き込まれたなどの説がありますが、確定的なことはわかっていません。

 

クレタ文明の年表

ミノア文明(クレタ文明)の時代区分 出来事
前期(紀元前30〜22世紀) クレタ島に青銅器がもたらされる。文明の萌芽期。
中期(紀元前21〜17世紀)

・青銅器で様々な利器が作られるようになる。
・クノッソス、フェイストス、マリアなどで最初の宮殿が作られる。
・多彩な壁画・陶器類がつくられるようになる。
・カマレス土器が生まれる。
・線文字Aが発明される。

後期(紀元前16〜15世紀)

・ミノア文明が全盛を迎える。
・クノッソス宮殿が建てられる。
・15世紀半ばに突如文明が崩壊する。原因不明。

 

 

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