古代ギリシアの学校“アカデメイア”の教育内容〜西洋の学校の起源〜

古代ギリシアの学校“アカデメイア”の教育内容〜西洋の学校の起源〜

古代ギリシアの学校“アカデメイア”の教育内容
〜西洋の学校の起源〜

西洋、そして現代の日本の学校(小中高大)の起源は古代ギリシアにあります。紀元前387年頃、哲学者プラトンがアテナイの北西郊外に、学園兼研究所のアカデメイアを建てたのが始まりです。
アカデメイアでは、哲学の他にも、数論、幾何学、天文学、物理学など様々な一般教養も教えられ、現代における学校教育の源流となったのです。学校を意味する英語「アカデミー(academy)」の語源は、このアカデメイアにあります。

 

アカデメイアという名は、建設場所が英雄アカデモスを祀る神域だったことに由来しています。

 

 

アカデメイアの目的

アカデメイアは哲学教育を行なうために建設された場で、現代的な学校の教育方針とは違います。
実戦的な哲学理論を持つ政治家を増やし、戦争続きで衰退が加速していたギリシアを復興させることを最終目標にしていました。

 

今我々が学校に対し抱くイメージからすればちょっと“重い”ですよね(笑)
現代の学校は勉強だけでなく仲間とワイワイ楽しむために行くような場所でもありますけど、アカデメイアでは笑うことが禁じられるなど禁欲的な共同生活を過ごしていたといいます。
プラトンはプラトンで、アカデメイアで弟子達への教育を行なうと同時に、自身も哲学研究を行い日々研鑚していたそうです。

 

アカデメイアの入学者

そんな禁欲的な学校だったアカデメイアですが、入学希望者は非常に多かったようです。
アテナイ以外の都市からも生徒がやってきて、少数ながら女子生徒もいたといいます。
アカデメイアからは多数の哲学者・科学者が輩出され、プラトンの弟子アリストテレスもアカデメイアで学びました。(アリストテレスは後にアカデメイアとは別の学園リュケイオンを創設しています。)

 

アカデメイアの閉鎖

アカデメイアはギリシアが古代ローマに征服された後も存続しましたが、ローマ帝国東西分裂後の529年、東ローマ皇帝ユスティニアヌスの命により、異端思想の温床として閉鎖され、学者は追放されてしまいました。

 

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